この投稿は、英語学習は中学高校のみ、英会話経験ほぼゼロの私アラフォー女子あいんが2020年のコロナ禍中からスタートした英語学習の、最初の100日間の記録です。
今回はその3日目!
英単語アプリで遠い記憶を思い出す。
とりあえず学習の計画が立つまで、手持ちの英語学習アプリを使って勉強を始めている。
CASECを受けて、単語力の重要性をひしひしと感じたため、まずは「キクタン英単語 TOEIC600」とやらを使ってみる。
こんなのいつダウンロードしたんだ……という程度には記憶が無い。
毎日少しずつ単語を覚えていく仕様だが、3日目くらいまで手をつけた形跡がある。まさに3日坊主。美しいほどに3日坊主。未来の自分にこんなベタなツッコミを入れさせようとは……やるな自分。
そんな忘却の彼方の自分に蹴りを入れるかのように鮮やかに初期化をして、早速始めてみる。
ネイティブの発音はカッコいいな……。
それにしても、聞こえたままに発音できないとは、なんともどかしいことか……。
……と、ここまで考えたところで、これまですっかり忘れていたとんでもないことを思い出すのであった。
“It is”すら言えないどんくさシャドーイング。
私は遥か昔、中学生だった頃になんと「英語弁論大会」なるものに出場したことがあったのだった。なんと身の程知らずなことか。
時々発作的に突飛なチャレンジをしようとする習性は、この頃から変わってないということか……学習せよ自分。
ぼんやりとした記憶を辿ると、確か夏休み前に英語の先生がクラスにこのことを呼びかけた際に興味を持ったようだ。
大してやる気もないくせに「それって、英作文も自分でするんですか?」とかなんとか優等生ぶって聞いたばっかりに、
「おぅ、お前興味あるんだな!英作文はセンセイがやってやるから、なんか書いてみろ。あ?いいからやれ。今週中な。」……みたいな強引な流れだった気がする。
所属していた吹奏楽部は弱小で、夏休みに入った途端に開かれるコンクールですぐ敗退することは分かっていたので、「中学最後の夏休みに、何か思い出を……!」とメルヘンな夢をどこかで描いていたのだろう。
その弁論大会は思ったよりちゃんとしていて(失礼)、まずは書類(原稿)審査を通過したのちに本大会へ進めるという仕組みだった。
原稿を書いたこともすっかり忘れた頃、
「おぅ、お前、通ったぞ。夏休みは毎日特訓だからな。学校来いよ。は?原稿?見れるわけないだろ。全部覚えるんだよ。暗唱だよ。」
……数ヶ月前のメルヘンな自分を心の底から呪うのだった。
練習では、先生が先に原稿を一文読んでくださるのをシャドーイングしていくわけだが、これがもうドン臭いのなんの。トホホのレベルである。特に「It is」がどうしても「いっといず」になってしまうのだ。「イリィズ」と聞こえているのに、どうしてもダメなのだ。
「It is」
「いっといず」
「ちょwww、もう一回。”It is 〜”」
「い、いっといーず」
「…………。」
もう先生も途中で諦めていた。
大会本番、会場に行ってみると、なんと出場者は5〜6人(確か)。
こんな少ないんかい。目立つやんけ。ビビるやんけ。
リハーサルの順番を待っていると……これがまぁ皆さんお上手なのだ。
「いっといず」などと発音してる生徒さんは皆無なのである。どの生徒さんも何をおっしゃってるのか分からない程度に発音がカッコイイのである。
だめだこりゃ。完全に怖気付いた。「……センセイ、帰りたい……」と伝えたような気もする。
しかし、ここは怖いもの知らずの若さがあったのだろう。完璧なカタカナ英語を惜しげもなく披露し、とりあえずやり切ったのだった。……やるな自分。
結果、出場者が少ないこともあって、ちゃっかり「ナントカ新聞社賞」という立派な賞もいただいた。『ありえん……。まぁ頑張ったっちゃ頑張ったし、素直に嬉しい。しかし才能がないことがよく分かった。二度とやるもんか。』
やっぱり英語は永遠の憧れ。
……うわぁ。
……時を超えて、またやろうとしてるよね。英語。
ここまで思い出して、自分の学習能力の無さに愕然とする○十年後の自分なのであった。ごめんよ、15歳の自分。アンタ大したことない大人になっちまったよ。許しておくれ。
でもわりと楽しく生きてるよ。
人間の本質は、そんなに簡単に変わらないもののようだ。
弁論大会の帰り、「お前頑張ったからなぁ」と先生が内緒でごちそうしてくださったティーソーダのほろ苦さは、ちょっと大人の味だったよね。
今はあんまり見かけないから、自分へのごほうびに今度作ってみようかな。

<本日の学習メモ>
・「キクタン英単語 TOEIC600」1時間
・「TEDICT」TEDICTisy 1時間
(ジョン・マクウォーター:新しい言語を学ぶべき4つの理由)
*上記いずれもiPhoneアプリ。